Airbnb:アイディアと法律の狭間

最近,自分の家(ないし部屋)を短期間貸し出して有効利用したい人と,そうしたところに宿泊したい人(旅行者等)をマッチングさせるというサービスが流行っているようですね。

例えば読売新聞には,「大進撃AirBnB,「家の短期レンタル」合法化へ」という記事がありました。

この記事で取り上げられているAirbnbの他にも,HomeAway9flats.comといったサイトがあるようです。

さて,上記記事のタイトルには「合法化へ」とありますが,「宿泊したい人に有料で家または部屋を短期間貸し出すこと」は違法なのでしょうか(なお,上記記事自体は,アメリカやヨーロッパ各国での動きについて述べられたものです)。

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まず問題になりそうなのが,「旅館業法」です。

旅館業法は,「この法律で「旅館業」とは,ホテル営業,旅館営業,簡易宿所営業及び下宿営業をいう」(法2条1項)とした上で,「この法律で「ホテル営業」とは,洋式の構造及び設備を主とする施設を設け,宿泊料を受けて,人を宿泊させる営業で,簡易宿所営業及び下宿営業以外のものをいう。」(同条2項),「この法律で「旅館営業」とは,和式の構造及び設備を主とする施設を設け,宿泊料を受けて,人を宿泊させる営業で,簡易宿所営業及び下宿営業以外のものをいう。」(同条3項),「この法律で「宿泊」とは,寝具を使用して前各項の施設を利用することをいう。」(同条6項)と規定しています。

そして,例えば東京都(多摩府中保健所)のサイトに掲載されている「旅館業のてびき」においては,「旅館業法の許可が必要な施設とは?」として,以下の4要件を満たすものは旅館業法の適用を受ける(=都道府県知事の許可が必要となる等の規制を受ける)と説明されています。

「1 宿泊料を受けていること(法第2条) ※宿泊料という名目で受けている場合はもちろんのこと,宿泊料として受けていなくても,電気・水道等の維持費の名目も事実上の宿泊料と考えられるので該当します。
2 寝具を使用して施設を利用すること(法第2条) ※寝具は,宿泊者が持ち込んだ場合でも該当します。
3 施設の管理・経営形態を総体的にみて,宿泊者のいる部屋を含め施設の衛生上の維持管理責任が営業者にあるものと社会通念上認められること(厚生省生活衛生局指導課長通知昭和 61 年 3 月 31 日衛指第 44 号「下宿営業の範囲について」) ※宿泊者が,簡易な清掃を行っていても,施設の維持管理において,営業者が行う清掃が不可欠となっている場合も,維持管理責任が,営業者にあると考えます。
4 宿泊者がその宿泊する部屋に生活の本拠を有さないことを原則として営業しているものであること(厚生省生活衛生局指導課長通知昭和 61 年 3 月 31 日衛指第 44 号「下宿営業の範囲について」)」

上記のうち,旅行者に貸し出す場合は,原則として1,2及び4の要件を満たすことになると思われるので,問題は3の要件を満たすかどうかですが,例えば,Airbnbでは貸主が「清掃料金」について設定ができるようになっており(Airbnbで部屋を貸し出す手順を教えてください),清掃料金について「清掃料金とは,ゲストがチェックアウト後,リスティングをきれいに掃除するのにかかる経費を補うものです。」との説明がされている(清掃料金はどのように算出するのですか?)ことからすると,「宿泊者のいる部屋を含め施設の衛生上の維持管理責任が営業者にあるものと社会通念上認められる」として,3の要件も満たすように思われます。※清掃料金を請求しない場合でも,短期間の滞在であれば,通常,貸し出した部屋の清掃は(貸出終了後に)貸主が行うと思われる(なお,「宿泊者が,簡易な清掃を行っていても,施設の維持管理において,営業者が行う清掃が不可欠となっている場合」も維持管理責任が営業者にあるとされている)ので,やはり,「衛生上の維持管理責任が営業者にある」となるように思われます。

以上みてきたところからすれば,「宿泊したい人に有料で家または部屋を短期間貸し出すこと」は,旅館業法の適用を受ける可能性がありそうです。

そして,旅館業法の適用を受ける場合は,都道府県知事の許可を受けなければならない(同法3条1項)のですが,旅館業法施行令では「ホテル営業」をする施設の構造設備基準について「客室の数は,10室以上であること」(施行令1条1項1号),同じく「旅館営業」について「客室の数は,5室以上であること」(施行令1条2項1号)と規定しているほか,客室の最低床面積,定員,フロント等,色々と満たすべき基準があります(上記「旅館業のてびき」参照)。

こうした基準を満たしていないと,旅館業法上求められる都道府県知事の許可が得られないことになり,許可なくしてホテル営業・旅館営業をしたときは,「6か月以下の懲役または3万円以下の罰金」(同法10条1号)が科される可能性があります。

また,賃借している部屋を第三者に貸し出す場合について,民法では「賃借人は,賃貸人の承諾を得なければ,その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない。」(同法612条1項),「賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは,賃貸人は,契約の解除をすることができる。」(同条2項)と規定されているので,大家さんの承諾を得ずに貸し出した場合,賃貸借契約を解除されてしまう可能性があります。

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「自分の家(ないし部屋)を有効利用したい人」と,「宿泊費を安くあげたい(あるいは,その国の人と密な交流をしたい,日常生活を味わいたいといった理由もあり得ると思いますが)人」のニーズをうまくマッチングさせたサービスだと思いますが,貸主として利用する場合には,上述したようなリスクを考える必要がありそうです。

こういうケースが生じたときに,新しいビジネスモデル,サービスによってもたらされるベネフィット等と,それから生じるデメリット等を比較衡量して,迅速かつ適切に法令を制定あるいは修正(廃止)し,執行していくことが,立法府・行政府に期待されることではないかと思います。

と,念のため確認してみましたら,首相官邸ウェブサイトの「国家戦略特区ワーキンググループ 関係各省からのヒアリング」に,「滞在施設の旅館業法の適用除外,歴史的建築物に関する旅館業法の特例について」というヒアリング事項があり,これによれば,「国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業」という枠組みのもと,政令で定める一定の要件を満たすものとして都道府県知事の認定を受けたときは,旅館業法の適用を除外する方向で検討が進んでいるようです。

また,国家戦略特区ワーキンググループが作成した「国家戦略特区において検討すべき規制改革事項等について」では,「東京オリンピックの開催も追い風に,今後,我が国に居住・滞在する外国人が急増することが見込まれる。  こうした中で、外国人の滞在ニーズに対応する一定の賃貸借型の滞在施設について,30日未満の利用であっても,利用期間等の一定の要件を満たす場合は,旅館業法の適用を除外する。」とされています。

限定的ながら,近いうちに,日本国内においてもAirbnbのようなサービスを上述したようなリスクを考えることなく利用できるようになるかもしれませんね(ただし,旅館業法が適用除外となっても,賃借している物件を貸し出すときに大家さんの承諾を得る必要があるのはそのままなので,注意が必要です)。

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弁護士 櫻町直樹
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労働時間規制の緩和

最近,一定の専門職・管理職について,(法令による)労働時間の規制を緩和するという方向で政府が検討を進めています(例えば,msn産経ニュースH26.5.28付き記事「労働規制見直し,対象を議論 厚労省と民間議員が提案 競争力会議」)。

そもそも,なぜ労働時間に対する規制を緩和する必要があるのかという点については,例えば「産業競争力会議」の榊原定征議員(東レ株式会社 代表取締役取締役会長 今月3日には経団連会長に就任。)が,第14回産業競争力会議(H25.10.1開催)において「(略)企業の競争力を高めるためには,従来からの労働規制に捉われずに,メリハリを効かせられる柔軟な働き方を実現し、社員の活力と生産性向上を図っていくことが不可欠。労働時間に関し一挙に一律一様な規制緩和の適用が困難であるならば,特区で先行的に実施する,すなわち,濫用抑止とセーフティネットの確保を担保できる企業を見極めつつ,その企業に限定して特区での先行的な規制緩和を認めるやり方もあるのではないか。 」と述べている(「産業競争力会議議事要旨」より)ことからすれば,「企業の競争力を高めるため」と政府は考えているといえるでしょう。

しかし,「労働時間の規制を緩和すること」が,はたして「企業の競争力を高めること」につながるのでしょうか?

何をもって企業の「競争力」とするのか,それ自体いろいろと議論があると思いますが,例えば「労働生産性」は,「労働を投入量として産出量との比率を算出したもので,労働者1人あたり,あるいは労働者1人1時間あたりの生産量や付加価値」(日本生産性本部ウェブサイトより)とされていますので,労働生産性が高いほど,競争力が高いと一応はいえるのではないかと思います。

そこで日本の労働生産性をみてみると,日本生産性本部が作成・公表している「日本の生産性の動向 2013年版」によれば,日本の労働生産性(就業者1人あたりの名目付加価値)は,OECD加盟34カ国中21位(1位はルクセンブルク),また,就業1時間あたりでみると40.1ドルでイタリア(46.7ドル)やアイスランド(41.7ドル)と同水準,OECD加盟34カ国中20位となっています。

確かに,労働生産性が同一であれば,労働時間が長いほど生産量は大きくなり,したがって「競争力がある」といえるかもしれません。

しかし,それは単なる計算上の話であって,時間無制限で働くことは不可能ですし,長時間労働が続けば健康に悪影響を及ぼし,かえって生産性は落ちることでしょう(厚生労働省が作成している「過重労働による健康障害を防ぐために」というリーフレットでは,残業時間が月100時間を超える場合,または2か月~6か月の平均残業時間が80時間を超える場合は,健康障害のリスクが高まるとされています)。

労働時間の規制は,「賃金を払えば残業をさせてもよい」ということではなく,「残業はさせてはいけない。ただし,どうしても必要な場合には割増賃金を支払った上で,残業させることが許される(それも,一定限度まで)」ということなのであって,それからすれば,「残業代を払わずに無制限に働かせることができる」などというのは,労働時間規制の原則と例外を逆転,ありていに言えば「骨抜き」にするものに他ならないと思います(導入当初は職種等が限定されていても,いずれ拡大されるであろうことは労働者派遣法の例をみても明らかです)。

何より,人は「生産性を上げるため」に生きているのではなく,家族と過ごし,友人と語らい,趣味を楽しみ,地域のために活動するといった,様々なことのために生きているのではないでしょうか(もちろん,仕事・労働自体に価値があることを否定しているわけではありません)。

なお,上述したmsn産経ニュースH26.5.28付き記事は,安倍首相の「成果で評価される自由な働き方にふさわしい労働時間制度の新たな選択肢を示す必要がある」という発言を伝えていますが,「成果」が,会社から示された目標を達成できたかどうかで計られるのであれば,それは「自由な働き方」とは程遠いものですし,また,かりに会社と労働者が協議して目標を決めるという仕組みであったとしても,会社が示す目標を労働者が拒否することは難しいでしょう。

「自由な働き方」をいうなら,労働者が過重な労働に苦しんだ末,過労死や過労自殺などに至ってしまうような労働環境を改善することが,まず政府がやるべきことなのではないでしょうか(この点では,過労死や過労自殺の防止対策を国の責務で実施すること等を定めた「過労死等防止対策推進法案」が,先月27日に衆議院で可決されました。毎日新聞H26.5.27付き記事など)。

関連エントリ:従業員の過労死:取締役の任務懈怠責任

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安楽死の年齢制限撤廃:ベルギー

先日,脳死状態に陥った妊婦の生命維持という問題についての記事(「自己決定権と胎児の命」)を投稿しましたが,ベルギーでは,安楽死を選択できる年齢について,現在は「18歳以上」となっている制限が撤廃されるそうです(日本経済新聞H26.2.14付き記事)。

「安楽死」とは,一般に「不治の病(とそれに伴う痛み)に苦しむ人(患者)に対し,薬物等を用いることによって死に至らしめること」というように理解されていると思います(「日本尊厳死協会のウェブサイトでは,「安楽死は,医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を積極的に早めることです。」と説明されています)。

現時点の日本においては,安楽死を認める法律はなく,刑法上は「殺人」として扱われます。

ただし,多発性骨髄腫に苦しむ患者に(心停止を引き起こす作用のある)塩化カリウムを注射して死亡させた医師が殺人罪に問われたケースで,裁判所は,一定の要件を満たす場合には「安楽死」として許容される(つまり,殺人ではあるが違法ではない)場合がある,と述べました(横浜地方裁判所平成7年3月28日判決・判例タイムズ877号148頁)。

その一定の要件とは,以下のとおりです。

  1. 患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること
  2. 患者は死が避けられず,その死期が迫っていること
  3. 患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと
  4. 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

なお,この裁判例に先行して,脳溢血に苦しむ父に殺虫剤入りの牛乳を飲ませて死亡させた息子が,尊属殺人罪(かつては,尊属を殺したときの刑罰は「死刑または無期懲役」と,殺人の場合の「死刑または無期懲役もしくは5年以上の懲役」より重くなっていました。現在は,尊属殺人を一般の殺人より重罰とすることは憲法に違反するとの最高裁判決を受け,尊属殺人罪に関する条文(第200条)は削除されています)に問われたケースで,裁判所は,安楽死の要件について「医師の手によることを本則とし,これにより得ない場合には医師によりえない首肯するに足る特別な事情があること」と述べていました(名古屋高等裁判所昭和37年12月22日判決・判例タイムズ144号175頁)。

これに対し平成7年の横浜地裁判決では,「積極的安楽死が行われるには,医師により苦痛の除去・緩和のため容認される医療上の他の手段が尽くされ,他に代替手段がない事態に至っていることが必要であるということである。そうすると,右の名古屋高裁判決の原則として医師の手によるとの要件は,苦痛の除去・緩和のため他に医療上の代替手段がないときという要件に変えられるべきであり,医師による末期患者に対する積極的安楽死が許容されるのは,苦痛の除去・緩和のため他の医療上の代替手段がないときである」とされました。これをどのように解釈すべきかは難しいのですが,「医師の手による」という言葉が用いられなかった(あえて,他の表現に置き換えられた)ことからすれば,「苦痛の除去・緩和のため他に医療上の代替手段がないとき」であれば,医師の手によらないものであっても認められる余地がある,ということがいえるのではないかと思います。

日経記事によれば,ベルギーでも,安楽死が認められるにはいくつかの条件(患者の自発的判断,耐え難い苦痛など)を満たす必要があるようですが,「いったんは殺人罪に問われ(すなわち,起訴されて裁判を受ける),具体的な事情によっては違法性が阻却され罪に問われない(無罪となる)ことがある」(=日本)と,「一定の要件を満たせば,殺人罪に問われない(そもそも起訴もされず裁判を受けることがない)」(=ベルギー)とでは,安楽死への「心理的ハードル」が大きく異なると言えます。

もっとも,日経記事にもあるように,果たして年齢のそれほど高くない子が,安楽死について判断できるのかというのは,非常に難しい問題ですね(ただし,ベルギーでは,年齢制限を撤廃する代わりであるのか,「親の承諾」,「本人の判断能力の確認」も必要となるようです)。

自分が12歳くらいのときに,「安楽死も選択できる」と言われても,判断なんかできないだろうなあ,と思います。

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認知をした父は,認知無効を主張することができるか

少し前になりますが,時事通信に「認知者の無効請求可能=民法めぐり初判断-最高裁」という記事が掲載されていました。

これは,自分と血がつながっていないことを知りながら認知をした父が,認知してから数年後に,自分のした認知が無効であるとして裁判所に訴えを提起したという事案において,最高裁判所が「認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができるというべきである。この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない。」として,認知者による無効主張は許されるとした(その結果,認知は無効と認められた)ものです。

※民法786条「子その他の利害関係人は,認知に対して反対の事実を主張することができる。」

なぜ,認知した本人による無効主張が問題になるのかといえば,民法785条では「認知をした父又は母は,その認知を取り消すことができない。」と規定されており,この条文からすると,認知した本人についてはその無効を主張することができない,との解釈が成り立ちうるためです。

しかしながら最高裁は,「血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきであるところ,認知者が認知をするに至る事情は様々であり,自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。」,「認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。」などとしてあっさり上記解釈を斥け,認知者本人による無効主張も許されるとしました。

ただし,最高裁は「具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能」とも判示しているので,事案によっては,認知者本人による無効主張が許されない場合もあるということになります。

なお,この事案は5人の最高裁判事によって判断されましたが,ひとりの最高裁判事が反対意見(多数意見と結論が異なるもの)を,また,もうひとりの最高裁判事が意見(多数意見と結論は同じだが,理由が異なるもの)を述べており,最高裁判事の間でも考え方が分かれている問題といえます(※ご興味のある方は裁判所ウェブサイトをご覧ください→http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140114111725.pdf)。

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従業員の過労死:取締役の任務懈怠責任

少し前の話になりますが,大手居酒屋チェーン店に勤務していた従業員の方が急性左心機能不全で死亡したのは,お店での長時間労働が原因(いわゆる「過労死」)であるとして,ご遺族がチェーン店を経営する会社及び取締役に対し損害賠償を求めたという裁判で,今年9月,最高裁判所が会社側の上告を退ける決定をし,会社及び取締役の責任を認めて約7860万円の支払いを命じた判決(一審:京都地方裁判所平成22年5月25日判決・判タ1326号196頁。控訴審:大阪高等裁判所平成23年5月25日労判1033号24頁)が確定したとの報道がありました(日本経済新聞H25.9.26付記事)。

過労死(・過労自殺)について損害賠償を求める場合,通常は,会社に対して債務不履行(安全配慮義務違反,といいます)責任または不法行為責任を問うことが多く,今回の裁判のように,取締役個人の責任(※)を追及し,かつ,それが認められたという例はごく少なく,その意味で重要な意義を持つものといえます。

※会社法429条1項は,「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。

今回の裁判で被告となった会社は一部上場企業であり,亡くなった従業員の方の労働状況を取締役らは直接には知り得なかった(判決でも,「被告会社のような大企業においては,被告取締役らが個別具体的な店舗労働者の勤務時間を逐一把握することは不可能」と述べられています)といえます。

にもかかわらず,取締役らの損害賠償責任が認められたのは,従業員の生命・健康が損なわれないよう適切な労働環境を維持すべき義務が,会社取締役には課せられているという理由によるものです。ともすれば「飯なんか食ってるヒマがあったら働け」的な論調が幅をきかせる日本の企業文化・風土に一石を投じるものとして,是非,多くの人に知ってもらいたいと思います。

京都地裁判決は,「会社法429条1項は,株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ,取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には,第三者を保護するために,法律上特別に取締役に課した責任であるところ,労使関係は企業経営について不可欠なものであり,取締役は,会社に対する善管注意義務として,会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮すべき義務を負い,それを懈怠して労働者に損害を与えた場合には同条項の責任を負うと解するのが相当」,「人事管理部の上部組織である管理本部長であった被告Y4や,店舗本部長であった被告Y2,店舗本部の下部組織である第一支社長であった被告Y3も,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたといえる。また,被告Y1は,被告会社の代表取締役であり,経営者として,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたということができる。」と述べ,取締役らは「労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務」を負っているとした上で,この会社においては,「時間外労働として1か月100時間,それを6か月にわたって許容する三六協定を締結しているところ,1か月100時間というのは,前記1(6)のとおり,厚生労働省の基準で定める業務と発症との関連性が強いと評価できるほどの長時間労働であることなどからすると,労働者の労働状態について配慮していたものとは全く認められない。また,被告会社の給与体系として,前記1(3)アのとおりの定めをしており,基本給の中に,時間外労働80時間分が組み込まれているなど,到底,被告会社において,労働者の生命・健康に配慮し,労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制をとっていたものとはいえない」として,取締役らに,会社法429条1項に基づく損害賠償責任を認めました。

「三六協定」とは,原則として1日8時間以内・1週40時間以内と法定されている労働時間について,労使が合意すれば例外的に延長(時間外労働)が認められるというものです。

しかし,無制限に延長できるわけではなく,厚生労働省から「時間外労働の限度に関する基準」という告示が出されており,例えば,1か月あたりの時間外労働は原則として「45時間」(以内)にすべきとされています(ただし,「特別条項付き三六協定」の場合には,1か月あたり「60時間」(以内)とすることができる)。

1か月100時間というのは,この基準で定められた上限の倍以上(特別条項付きの場合でも1.5倍以上)であり,また,厚生労働省が発表している「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について(平成13年12月12日付け 基発第1063号)」にも,労働者が脳血管疾患等を発症した場合において,発症前2~6か月における1か月あたりの時間外労働時間が80時間を超えているときは,業務との関連性が強いと評価できるとされています(この厚生労働省の基準は,判決でも指摘されています)。

なお,控訴審である大阪高裁判決では,「人件費が営業費用の大きな部分を占める外食産業においては,会社で稼働する労働者をいかに有効に活用し,その持てる力を最大限に引き出していくかという点が経営における最大の関心事の一つになっていると考えられるところ,自社の労働者の勤務実態について控訴人取締役らが極めて深い関心を寄せるであろうことは当然のことであって,責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し,長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり,この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである」として,労働者の生命・健康が「至高の法益」と表現されていることを付記しておきます。

 

弁護士櫻町直樹

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改正健康保険法の施行:健康保険と労災保険の谷間を解消

平成25年5月31日に改正健康保険法が公布・施行されましたが,そのときに未施行となっていた健康保険の給付範囲の改正にかかる規定が,きたる10月1日から施行されます。

これによって,従来生じていた「健康保険と労災保険の谷間」が解消されることになります(ただし,後述のとおり一部は残ります)。

「谷間」というのは,例えば,シルバー人材センターの会員が就業中に負傷した場合,あるいは,インターンシップ中の学生が負傷した場合,シルバー人材センター会員やインターンシップ生は,原則として労災保険の対象となる「労働者」に該当しないため,労災保険からの給付を受けることができません。

一方,(改正前の)健康保険法は「業務外の事由」による負傷等を対象としている(健康保険法1条)のですが,ここでいう「業務」とは,「人が職業その他社会生活上の地位に基づいて,継続して行う事務又は事業の総称」」と(広く)解釈されていたため,シルバー人材センター会員やインターンシップ生が行なっていることも「業務」にあたり,健康保険からの給付も受けることができない,という事態(=谷間)が生じていました。

そこで,健康保険法第1条の「労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して保険給付を行い」という文言を,「労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法第7条第1項第1号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して保険給付を行い」と改正することによって,業務災害以外のものを健康保険によってカバーできるようにしたというのが,今回の改正です(なお,他にも改正点はあります→健康保険法等の一部を改正する法律の概要(平成25年5月24日成立))。

ただし。今回の改正では,健康保険法第53条の2という条文が新設され,法人の役員(取締役等)が業務に起因して負傷等をした場合には健康保険の対象にはならない,とされました(ただし例外があり,「被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者」は,現在でも健康保険の対象となっていまして,この扱いはそのまま継続となります)。

そうすると,法人の役員については「労働者」ではないので,労災保険・健康保険どちらの給付も受けられないという「谷間」の問題は,依然として残るということになります(「使用者側の業務上の負傷に対する補償は全額使用者側の負担で行うべき」との観点から,労使折半の健康保険から給付を行わない」ということだそうですが(厚生労働省ウェブサイト),役員であっても安心して働ける環境を整備するに越したことはないのでは,と思ったりします)。

とはいえ,「谷間」に落ちてしまう人が少なくなるのはよいことですね。

【参考ウェブサイト】

厚生労働省:平成25年健康保険法等の一部を改正する法律について

 

弁護士櫻町直樹

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「解雇しやすい特区」検討 秋の臨時国会に法案提出へ

朝日新聞H25.9.20付き記事によれば,安倍政権が推進する「国家戦略特区」プロジェクトのひとつとして,一定の要件(開業5年以内等)を満たす事業所においては,雇用契約で自由に解雇条件を定めることができ,また,一定の年収を超えている場合で,かつ,労働者が同意したときは,労働時間の上限規制(原則として1日8時間以内,1週間40時間以内)が適用されず,割増賃金をゼロにすることも可能,という特区の創設が検討されているそうです(なお,解雇規制の緩和については福岡県から提案があったようです。→http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/pdf/8-fukuoka.pdf)。

上記朝日新聞記事によれば,「働かせ方の自由度を広げてベンチャーの起業や海外企業の進出を促す狙い」とのことですが,そもそも,所定労働時間を超えた労働に対しては割増賃金を支払わなければならないと労働基準法が定めているのは,通常の労働時間を超えて働くことになる労働者への補償と,割増賃金という経済的負担を使用者に課すことによって,際限のない時間外労働を抑止することが目的です。

したがって,労働時間の規制をなくし,時間外労働手当を支払わなくてもよい,とすることは労働基準法の趣旨と真っ向から対立し,これを形骸化させるものです。

また,雇用契約で自由に解雇条件を定めることができるとした場合,使用者と労働者の交渉力の格差を考えれば,使用者の提示する解雇条件を労働者が拒否することは,極めて難しいといってよいと思います。

さらに,特区での「成功事例」については,全国的に制度化することも視野に入れられています(→http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/pdf/concept.pdf)。そうすると,特区内だけであった労働基準法の「形骸化」が,全国レベルで生じることになります。

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「国家戦略特区は,地域の発意に基づく従来の特区制度とは異なり,国が主体的にコミッ
トをし、国・地方自治体・民間が三者一体となって,国の経済成長に大きなインパクトを与え
るプロジェクトに取り組むもの」(「国家戦略特区」に関する提案募集要項)だそうですが,はたして,「解雇規制緩和」や「労働時間規制緩和」が,この社会に活力を取り戻すための処方箋たりうるのか,疑問が残ります。

ここで,日本の「(就業者1人あたり)労働生産性」をみてみると,OECD加盟34か国中19位となっており,決して高い数字ではありません(日本生産性本部「労働生産性の国際比較」 ちなみに1位はルクセンブルクです)。

労働時間規制をなくし長時間労働を可能にした場合,生産性向上に一定の効果はあるでしょうが,無限に労働できるわけではないですから自ずと限界があります(また,時間外労働がおおよそ1か月あたり80時間を超える場合は,健康を害するリスクが高まるとされています。→http://kokoro.mhlw.go.jp/brochure/worker/files/H22_kajuu_kani.pdf)。

経済成長を否定するわけではありませんが,それは,ひとりひとりの労働者の犠牲の上に成り立つようなものであってはならないはずです。

特区創設にあたっては,慎重な審議を期待したいところです。

 

弁護士櫻町直樹

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