安楽死の年齢制限撤廃:ベルギー

先日,脳死状態に陥った妊婦の生命維持という問題についての記事(「自己決定権と胎児の命」)を投稿しましたが,ベルギーでは,安楽死を選択できる年齢について,現在は「18歳以上」となっている制限が撤廃されるそうです(日本経済新聞H26.2.14付き記事)。

「安楽死」とは,一般に「不治の病(とそれに伴う痛み)に苦しむ人(患者)に対し,薬物等を用いることによって死に至らしめること」というように理解されていると思います(「日本尊厳死協会のウェブサイトでは,「安楽死は,医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を積極的に早めることです。」と説明されています)。

現時点の日本においては,安楽死を認める法律はなく,刑法上は「殺人」として扱われます。

ただし,多発性骨髄腫に苦しむ患者に(心停止を引き起こす作用のある)塩化カリウムを注射して死亡させた医師が殺人罪に問われたケースで,裁判所は,一定の要件を満たす場合には「安楽死」として許容される(つまり,殺人ではあるが違法ではない)場合がある,と述べました(横浜地方裁判所平成7年3月28日判決・判例タイムズ877号148頁)。

その一定の要件とは,以下のとおりです。

  1. 患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること
  2. 患者は死が避けられず,その死期が迫っていること
  3. 患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと
  4. 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

なお,この裁判例に先行して,脳溢血に苦しむ父に殺虫剤入りの牛乳を飲ませて死亡させた息子が,尊属殺人罪(かつては,尊属を殺したときの刑罰は「死刑または無期懲役」と,殺人の場合の「死刑または無期懲役もしくは5年以上の懲役」より重くなっていました。現在は,尊属殺人を一般の殺人より重罰とすることは憲法に違反するとの最高裁判決を受け,尊属殺人罪に関する条文(第200条)は削除されています)に問われたケースで,裁判所は,安楽死の要件について「医師の手によることを本則とし,これにより得ない場合には医師によりえない首肯するに足る特別な事情があること」と述べていました(名古屋高等裁判所昭和37年12月22日判決・判例タイムズ144号175頁)。

これに対し平成7年の横浜地裁判決では,「積極的安楽死が行われるには,医師により苦痛の除去・緩和のため容認される医療上の他の手段が尽くされ,他に代替手段がない事態に至っていることが必要であるということである。そうすると,右の名古屋高裁判決の原則として医師の手によるとの要件は,苦痛の除去・緩和のため他に医療上の代替手段がないときという要件に変えられるべきであり,医師による末期患者に対する積極的安楽死が許容されるのは,苦痛の除去・緩和のため他の医療上の代替手段がないときである」とされました。これをどのように解釈すべきかは難しいのですが,「医師の手による」という言葉が用いられなかった(あえて,他の表現に置き換えられた)ことからすれば,「苦痛の除去・緩和のため他に医療上の代替手段がないとき」であれば,医師の手によらないものであっても認められる余地がある,ということがいえるのではないかと思います。

日経記事によれば,ベルギーでも,安楽死が認められるにはいくつかの条件(患者の自発的判断,耐え難い苦痛など)を満たす必要があるようですが,「いったんは殺人罪に問われ(すなわち,起訴されて裁判を受ける),具体的な事情によっては違法性が阻却され罪に問われない(無罪となる)ことがある」(=日本)と,「一定の要件を満たせば,殺人罪に問われない(そもそも起訴もされず裁判を受けることがない)」(=ベルギー)とでは,安楽死への「心理的ハードル」が大きく異なると言えます。

もっとも,日経記事にもあるように,果たして年齢のそれほど高くない子が,安楽死について判断できるのかというのは,非常に難しい問題ですね(ただし,ベルギーでは,年齢制限を撤廃する代わりであるのか,「親の承諾」,「本人の判断能力の確認」も必要となるようです)。

自分が12歳くらいのときに,「安楽死も選択できる」と言われても,判断なんかできないだろうなあ,と思います。

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弁護士 櫻町直樹
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裁判傍聴

都立高校の生徒さんを引率して,東京地裁で刑事裁判を傍聴してきました。

この裁判傍聴は,東京弁護士会が実施している法教育プログラムの一環で,裁判傍聴を希望する団体を対象に,刑事裁判の手続き等について簡単に説明した上で,東京地裁でおこなわれている刑事裁判を傍聴し,その後質疑応答をおこなう,というものです(詳しくはこちらをご覧ください)。

裁判員裁判制度が導入され,裁判員として刑事裁判に関わる可能性が誰にでもある(※)現在では,刑事裁判についての知識・理解を得ておくに越したことはないのではないかと思います。※「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」では,「裁判員は,衆議院議員の選挙権を有する者の中から,この節の定めるところにより,選任するものとする。」(法第13条)と規定されており,衆議院議員の選挙権を有する者は,公職選挙法により「日本国民で年齢満二十年以上の者は,衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。」(法第9条1項)と規定されています。

とはいえ,裁判傍聴は「時間があるからちょっと行ってみようか」というにはハードルが高いと思いますので,身近で裁判傍聴の企画があるようなときには,是非参加してみていただければ。

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認知をした父は,認知無効を主張することができるか

少し前になりますが,時事通信に「認知者の無効請求可能=民法めぐり初判断-最高裁」という記事が掲載されていました。

これは,自分と血がつながっていないことを知りながら認知をした父が,認知してから数年後に,自分のした認知が無効であるとして裁判所に訴えを提起したという事案において,最高裁判所が「認知者は,民法786条に規定する利害関係人に当たり,自らした認知の無効を主張することができるというべきである。この理は,認知者が血縁上の父子関係がないことを知りながら認知をした場合においても異なるところはない。」として,認知者による無効主張は許されるとした(その結果,認知は無効と認められた)ものです。

※民法786条「子その他の利害関係人は,認知に対して反対の事実を主張することができる。」

なぜ,認知した本人による無効主張が問題になるのかといえば,民法785条では「認知をした父又は母は,その認知を取り消すことができない。」と規定されており,この条文からすると,認知した本人についてはその無効を主張することができない,との解釈が成り立ちうるためです。

しかしながら最高裁は,「血縁上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効というべきであるところ,認知者が認知をするに至る事情は様々であり,自らの意思で認知したことを重視して認知者自身による無効の主張を一切許さないと解することは相当でない。」,「認知者による血縁上の父子関係がないことを理由とする認知の無効の主張が民法785条によって制限されると解することもできない。」などとしてあっさり上記解釈を斥け,認知者本人による無効主張も許されるとしました。

ただし,最高裁は「具体的な事案に応じてその必要がある場合には,権利濫用の法理などによりこの主張を制限することも可能」とも判示しているので,事案によっては,認知者本人による無効主張が許されない場合もあるということになります。

なお,この事案は5人の最高裁判事によって判断されましたが,ひとりの最高裁判事が反対意見(多数意見と結論が異なるもの)を,また,もうひとりの最高裁判事が意見(多数意見と結論は同じだが,理由が異なるもの)を述べており,最高裁判事の間でも考え方が分かれている問題といえます(※ご興味のある方は裁判所ウェブサイトをご覧ください→http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140114111725.pdf)。

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