憲法96条

安倍首相が,今年1月に開かれた衆院本会議において,憲法改正の発議要件を定めた憲法96条を緩和する方向での改正を目指すという考えを表明したことから,憲法改正の是非について様々な議論がなされています。

安倍首相のいう「緩和」について,自民党が発表した「憲法改正草案」によれば,現行の「総議員の3分の2以上の賛成」という発議要件が,改正草案では「総議員の過半数の賛成」とされています。

自民党作成の「日本国憲法改正草案Q & A」では,緩和する理由として「世界的に見ても,改正しにくい憲法となっています」,「国民に提案される前の国会での手続を余りに厳格にするのは,国民が憲法について意思を表明する機会が狭められることになり,かえって主権者である国民の意思を反映しないことになってしまう」という点が挙げられています。

しかし,上記の点は,96条改正の理由として適切でしょうか。

まず,「世界的に見ても改正しにくい」という点について。

憲法を改正する際の要件が,法律の場合よりも加重されている憲法を「硬性憲法」といいます(対して,法律と同等の要件で改正できるものを「軟性憲法」といいます)。

少し古い資料になりますが,衆議院が設置した「最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会」による「硬性憲法としての改正手続に関する基礎的資料」(平成15年)に添付された国立国会図書館作成「憲法改正手続の類型 諸外国の憲法改正回数」(資料の32頁以降)では,「通常の法律の成立要件に比較して加重された要件が課されるのが一般的」とされており,その例外(つまり,軟性憲法)として挙げられているのは,イギリス,イスラエル,ニュージーランド,タイのわずか4か国にとどまっています。

その他の国においては,議会による議決要件が加重されていたり,国民投票が必要とされていたり,あるいは,その双方が必要とされていたり等,何らかの形で要件が加重された硬性憲法であるとの調査結果が示されています。

つまり,「世界的に」みれば,改正しにくい硬性憲法のほうが多数なのです。

また,「主権者である国民の意思を反映しない」という点についても,自民党が480議席中294議席という多数の議席を獲得した先の衆議院選挙をみてみると,小選挙区において自民党の候補に投票した有権者の数は全有権者の24.67%,また,比例代表におけるそれは15.99%というデータが示されています(東京新聞ネット版)。

はたして,過半数どころか4分の1にも満たない有権者の支持しか受けていない場合であっても,「憲法改正は国民の意思である」として改正を発議できるようにすることが,妥当といえるでしょうか。

参議院憲法審査会「日本国憲法に関する調査報告書」では,近代憲法の「最も重要な特質は,(1) 内容的には自由・人権の基礎法であること,(2) 法的性格としては,国の最高法規であり,法体系の頂点に立って国家権力の恣意的発動を制約する「制限規範」としての意味を持つことである。」と述べられています(http://www.kenpoushinsa.sangiin.go.jp/kenpou/houkokusyo/houkoku/03_02_01.html)。

時の政権が国民の権利を制限したいと思っても,簡単にはそれを許さないのが憲法であるということ,そして,それこそが憲法の本質的な意義であることが,もっと強調されてもいいのではないかと思います。

 

弁護士櫻町直樹

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