改正健康保険法の施行:健康保険と労災保険の谷間を解消

平成25年5月31日に改正健康保険法が公布・施行されましたが,そのときに未施行となっていた健康保険の給付範囲の改正にかかる規定が,きたる10月1日から施行されます。

これによって,従来生じていた「健康保険と労災保険の谷間」が解消されることになります(ただし,後述のとおり一部は残ります)。

「谷間」というのは,例えば,シルバー人材センターの会員が就業中に負傷した場合,あるいは,インターンシップ中の学生が負傷した場合,シルバー人材センター会員やインターンシップ生は,原則として労災保険の対象となる「労働者」に該当しないため,労災保険からの給付を受けることができません。

一方,(改正前の)健康保険法は「業務外の事由」による負傷等を対象としている(健康保険法1条)のですが,ここでいう「業務」とは,「人が職業その他社会生活上の地位に基づいて,継続して行う事務又は事業の総称」」と(広く)解釈されていたため,シルバー人材センター会員やインターンシップ生が行なっていることも「業務」にあたり,健康保険からの給付も受けることができない,という事態(=谷間)が生じていました。

そこで,健康保険法第1条の「労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して保険給付を行い」という文言を,「労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法第7条第1項第1号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して保険給付を行い」と改正することによって,業務災害以外のものを健康保険によってカバーできるようにしたというのが,今回の改正です(なお,他にも改正点はあります→健康保険法等の一部を改正する法律の概要(平成25年5月24日成立))。

ただし。今回の改正では,健康保険法第53条の2という条文が新設され,法人の役員(取締役等)が業務に起因して負傷等をした場合には健康保険の対象にはならない,とされました(ただし例外があり,「被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者」は,現在でも健康保険の対象となっていまして,この扱いはそのまま継続となります)。

そうすると,法人の役員については「労働者」ではないので,労災保険・健康保険どちらの給付も受けられないという「谷間」の問題は,依然として残るということになります(「使用者側の業務上の負傷に対する補償は全額使用者側の負担で行うべき」との観点から,労使折半の健康保険から給付を行わない」ということだそうですが(厚生労働省ウェブサイト),役員であっても安心して働ける環境を整備するに越したことはないのでは,と思ったりします)。

とはいえ,「谷間」に落ちてしまう人が少なくなるのはよいことですね。

【参考ウェブサイト】

厚生労働省:平成25年健康保険法等の一部を改正する法律について

 

弁護士櫻町直樹

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「解雇しやすい特区」検討 秋の臨時国会に法案提出へ

朝日新聞H25.9.20付き記事によれば,安倍政権が推進する「国家戦略特区」プロジェクトのひとつとして,一定の要件(開業5年以内等)を満たす事業所においては,雇用契約で自由に解雇条件を定めることができ,また,一定の年収を超えている場合で,かつ,労働者が同意したときは,労働時間の上限規制(原則として1日8時間以内,1週間40時間以内)が適用されず,割増賃金をゼロにすることも可能,という特区の創設が検討されているそうです(なお,解雇規制の緩和については福岡県から提案があったようです。→http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/pdf/8-fukuoka.pdf)。

上記朝日新聞記事によれば,「働かせ方の自由度を広げてベンチャーの起業や海外企業の進出を促す狙い」とのことですが,そもそも,所定労働時間を超えた労働に対しては割増賃金を支払わなければならないと労働基準法が定めているのは,通常の労働時間を超えて働くことになる労働者への補償と,割増賃金という経済的負担を使用者に課すことによって,際限のない時間外労働を抑止することが目的です。

したがって,労働時間の規制をなくし,時間外労働手当を支払わなくてもよい,とすることは労働基準法の趣旨と真っ向から対立し,これを形骸化させるものです。

また,雇用契約で自由に解雇条件を定めることができるとした場合,使用者と労働者の交渉力の格差を考えれば,使用者の提示する解雇条件を労働者が拒否することは,極めて難しいといってよいと思います。

さらに,特区での「成功事例」については,全国的に制度化することも視野に入れられています(→http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/pdf/concept.pdf)。そうすると,特区内だけであった労働基準法の「形骸化」が,全国レベルで生じることになります。

++++++

「国家戦略特区は,地域の発意に基づく従来の特区制度とは異なり,国が主体的にコミッ
トをし、国・地方自治体・民間が三者一体となって,国の経済成長に大きなインパクトを与え
るプロジェクトに取り組むもの」(「国家戦略特区」に関する提案募集要項)だそうですが,はたして,「解雇規制緩和」や「労働時間規制緩和」が,この社会に活力を取り戻すための処方箋たりうるのか,疑問が残ります。

ここで,日本の「(就業者1人あたり)労働生産性」をみてみると,OECD加盟34か国中19位となっており,決して高い数字ではありません(日本生産性本部「労働生産性の国際比較」 ちなみに1位はルクセンブルクです)。

労働時間規制をなくし長時間労働を可能にした場合,生産性向上に一定の効果はあるでしょうが,無限に労働できるわけではないですから自ずと限界があります(また,時間外労働がおおよそ1か月あたり80時間を超える場合は,健康を害するリスクが高まるとされています。→http://kokoro.mhlw.go.jp/brochure/worker/files/H22_kajuu_kani.pdf)。

経済成長を否定するわけではありませんが,それは,ひとりひとりの労働者の犠牲の上に成り立つようなものであってはならないはずです。

特区創設にあたっては,慎重な審議を期待したいところです。

 

弁護士櫻町直樹

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書籍:「人を助けるすんごい仕組み  ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか」

書籍タイトルにもあるように,ボランティア経験のない著者が,東日本大震災の被災者を支援するために生み出したプロジェクト,その運営過程が臨場感をもって描写されています。

様々な苦労や悩みに直面したでしょうが,そうしたことを感じさせない著者のタフネスとしなやかな姿勢に感動しました。

ぜひ,手にとって読んでもらいたい書籍です。

(本書298~299頁から抜粋)

『自分の心に嘘をつかずに,できることをしていくだけで,僕らは前に進むことができる。組織の一員として積極的に声をあげることのできない人も,ツイッターでそっとリツイートして背中を押す,それだけで,社会は変えられるのだ。

特別なことは必要ない。

本当は絶対によくないと思っていることはせず,こうすれば社会はよくなるのにと思っていることをするだけで,僕らは確実に幸せな社会に近づいていくことができる。』

弁護士櫻町直樹

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ご当地ナンバー

しばらくぶりの投稿です。9月に入りましたがまだまだうだるような暑さが続きますね。

国土交通省が先月,いわゆる「ご当地ナンバー」の導入地域を発表(ご当地ナンバー(第2弾)の導入地域の決定について)しましたが,世田谷区に居住する71名の方が,「世田谷ナンバー導入は違法」として,国に対し導入取消しを求める訴訟を提起したとの報道がありました(H25.9.3時事通信記事)。

このような,国を相手方(被告)として,国のした行為を争う訴訟は「行政事件訴訟」と呼ばれますが,行政事件訴訟の場合は,訴訟として裁判所に審理してもらうためにいくつかのハードルをクリアする必要があります。

上記時事通信の報道によれば,「導入取り消しを求める訴訟」とありますので,提起された訴訟が「処分の取消しの訴え」(行政事件訴訟法3条2項)であることを前提にすると,まず,処分の取消しの訴えの対象にできるのは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(同項)となっています。

「処分その他公権力の行使」と言われても何がなんやらという感じですが,最高裁判所は「処分」という概念について,「行政庁の処分とは,所論のごとく行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によつて,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいう」と述べています(最高裁判所昭和39年10月29日判決民集18巻8号1809頁)。

ますますこんがらがってしまうかもしれない最高裁の定義ですが,例えば,飲食店の営業許可や営業停止命令などが,典型的な「処分」にあたるといえます。

ひるがえって,国土交通省のご当地ナンバー導入決定という行為をみた場合,はたして「直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定する」といえるのか,例えば,「自分の意思によらず世田谷ナンバーをつけなければならない」とみれば,「義務を形成」といえるように思えるものの,一方で,ナンバープレート(自動車登録番号標)を自動車につけなければならないこと自体は道路運送車両法19条で定められているので,「ご当地ナンバーの導入は,ナンバープレートに記載される運輸支局を表示する文字を変更するだけ」とみれば,「義務を形成」とまではいえないようにも思える,ということで,なかなか一筋縄ではいかないように感じられます。

他にも,行政事件訴訟の場合には「原告適格」の問題があったり,訴訟としては難易度が高い類型に属するので,「ご当地ナンバー訴訟」の原告側(世田谷区の住民の方々)がどういった主張を組み立てて上記のような問題をクリアしている(しようとしている)のか,非常に興味深いところです。

なお,国土交通省の「訴状が届いていないので,コメントできない」とのコメント,訴訟が提起された際の被告側(訴えられた方)のコメントとしてよく目・耳にすると思いますが,訴訟を提起する場合,具体的には「訴状」という書類(他にも書類を添付しますが)を裁判所に提出するということになります。

そして,裁判所は提出された訴状等書類一式について,形式的な不備はないか,(残業代請求等であれば)計算間違いはないか等をチェックし,その後,被告へ訴状等一式を送ることになります。

なので,訴状が提出された直後に,被告にコメントを求めても「訴状が届いていないので・・・」というフレーズが返ってくるわけです(といっても,訴状が届いたタイミングでコメントを求めても,「内容を精査していないのでコメントできない」とかになるんでしょうね(笑))。

 

弁護士櫻町直樹

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