少し前の話になりますが,大手居酒屋チェーン店に勤務していた従業員の方が急性左心機能不全で死亡したのは,お店での長時間労働が原因(いわゆる「過労死」)であるとして,ご遺族がチェーン店を経営する会社及び取締役に対し損害賠償を求めたという裁判で,今年9月,最高裁判所が会社側の上告を退ける決定をし,会社及び取締役の責任を認めて約7860万円の支払いを命じた判決(一審:京都地方裁判所平成22年5月25日判決・判タ1326号196頁。控訴審:大阪高等裁判所平成23年5月25日労判1033号24頁)が確定したとの報道がありました(日本経済新聞H25.9.26付記事)。
過労死(・過労自殺)について損害賠償を求める場合,通常は,会社に対して債務不履行(安全配慮義務違反,といいます)責任または不法行為責任を問うことが多く,今回の裁判のように,取締役個人の責任(※)を追及し,かつ,それが認められたという例はごく少なく,その意味で重要な意義を持つものといえます。
※会社法429条1項は,「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは,当該役員等は,これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定しています。
今回の裁判で被告となった会社は一部上場企業であり,亡くなった従業員の方の労働状況を取締役らは直接には知り得なかった(判決でも,「被告会社のような大企業においては,被告取締役らが個別具体的な店舗労働者の勤務時間を逐一把握することは不可能」と述べられています)といえます。
にもかかわらず,取締役らの損害賠償責任が認められたのは,従業員の生命・健康が損なわれないよう適切な労働環境を維持すべき義務が,会社取締役には課せられているという理由によるものです。ともすれば「飯なんか食ってるヒマがあったら働け」的な論調が幅をきかせる日本の企業文化・風土に一石を投じるものとして,是非,多くの人に知ってもらいたいと思います。
京都地裁判決は,「会社法429条1項は,株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ,取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には,第三者を保護するために,法律上特別に取締役に課した責任であるところ,労使関係は企業経営について不可欠なものであり,取締役は,会社に対する善管注意義務として,会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮すべき義務を負い,それを懈怠して労働者に損害を与えた場合には同条項の責任を負うと解するのが相当」,「人事管理部の上部組織である管理本部長であった被告Y4や,店舗本部長であった被告Y2,店舗本部の下部組織である第一支社長であった被告Y3も,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたといえる。また,被告Y1は,被告会社の代表取締役であり,経営者として,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたということができる。」と述べ,取締役らは「労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務」を負っているとした上で,この会社においては,「時間外労働として1か月100時間,それを6か月にわたって許容する三六協定を締結しているところ,1か月100時間というのは,前記1(6)のとおり,厚生労働省の基準で定める業務と発症との関連性が強いと評価できるほどの長時間労働であることなどからすると,労働者の労働状態について配慮していたものとは全く認められない。また,被告会社の給与体系として,前記1(3)アのとおりの定めをしており,基本給の中に,時間外労働80時間分が組み込まれているなど,到底,被告会社において,労働者の生命・健康に配慮し,労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制をとっていたものとはいえない」として,取締役らに,会社法429条1項に基づく損害賠償責任を認めました。
「三六協定」とは,原則として1日8時間以内・1週40時間以内と法定されている労働時間について,労使が合意すれば例外的に延長(時間外労働)が認められるというものです。
しかし,無制限に延長できるわけではなく,厚生労働省から「時間外労働の限度に関する基準」という告示が出されており,例えば,1か月あたりの時間外労働は原則として「45時間」(以内)にすべきとされています(ただし,「特別条項付き三六協定」の場合には,1か月あたり「60時間」(以内)とすることができる)。
1か月100時間というのは,この基準で定められた上限の倍以上(特別条項付きの場合でも1.5倍以上)であり,また,厚生労働省が発表している「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について(平成13年12月12日付け 基発第1063号)」にも,労働者が脳血管疾患等を発症した場合において,発症前2~6か月における1か月あたりの時間外労働時間が80時間を超えているときは,業務との関連性が強いと評価できるとされています(この厚生労働省の基準は,判決でも指摘されています)。
なお,控訴審である大阪高裁判決では,「人件費が営業費用の大きな部分を占める外食産業においては,会社で稼働する労働者をいかに有効に活用し,その持てる力を最大限に引き出していくかという点が経営における最大の関心事の一つになっていると考えられるところ,自社の労働者の勤務実態について控訴人取締役らが極めて深い関心を寄せるであろうことは当然のことであって,責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し,長時間勤務による過重労働を抑制する措置を採る義務があることは自明であり,この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合においては悪意又は重過失が認められるのはやむを得ないところである」として,労働者の生命・健康が「至高の法益」と表現されていることを付記しておきます。
弁護士櫻町直樹
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