H28.6.4追記
以下のケースは最高裁に上告がなされており,昨日(H28.6.3),最高裁の判断が出たのですが,最高裁は「花押は印章による押印と同視できず無効」と判断しました(毎日新聞H28.6.3付き記事(http://mainichi.jp/articles/20160604/k00/00m/040/071000c)など)。
一審及び控訴審が,「遺言者の同一性・真意の確保」と「文書完成の担保」という,印章(印鑑)による押印を必要とした趣旨(実質)を重視して花押の有効性を認めたのに対し,最高裁は,「印を押さなければならない」という条文(形式)を重視して,花押では要件を満たさず無効と判断したといえましょう。
民法968条「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」
条文の文言を厳格に解釈し,法的安定性・予測可能性を重視するか,あるいは,事案毎の妥当な解決を重視し,文言を柔軟に解釈するか,難しい問題です。
(ここまで)++++++++++++
日本経済新聞電子版H26.10.24付記事が,「遺産相続の遺言書に使われる「印」の代わりに,戦国武将らのサインとして知られる「花押」の使用は有効かどうかが争われた訴訟の判決で,福岡高裁那覇支部は24日までに,印と認定できると判断した一審・那覇地裁判決を支持し,遺言書を有効と認めた」と報じていました。
民法においては,「自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自書し,これに印を押さなければならない。」と規定されています(968条1項)。
「印」とは,印鑑(ハンコ)のことですから,印鑑による押印ではなく花押が使われていた上記ケースでは,民法の規定に反する無効なものではないか,という争いが生じたわけです。
【民法960条】
遺言は,この法律に定める方式に従わなければ,することができない。
しかしながら,上記福岡高裁那覇支部判決(及びその一審である那覇地裁判決)は,花押も「印」にあたるとして,遺言は有効であると判断しました。
民法の文言に厳格に従えば,「印」という言葉が意味しているのは「印鑑」なのだから,それ以外は認められるべきでない,ということになりそうですね。
実は,上記判決から遡ること四半世紀,遺言書に「指印」が押捺されていたというケースで,最高裁は「右にいう押印としては,遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨,朱肉等をつけて押捺すること(以下「指印」という。)をもって足りるものと解するのが相当である」という判断を示しています(最高裁平成元年2月16日判決民集43巻2号45頁)。
そして,指印による押捺が「押印」として認められる理由については,民法が「押印」を要件とした趣旨を「遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに,重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにある」と解釈した上で,「指印をもって足りると解したとしても,遺言者が遺言の全文,日附,氏名を自書する自筆証書遺言において遺言者の真意の確保に欠けるとはいえないし,いわゆる実印による押印が要件とされていない文書については,通常,文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同等の意義を認めている我が国の慣行ないし法意識に照らすと,文書の完成を担保する機能においても欠けるところがない」としました。
つまり,遺言書に「押印」が必要なのは,「遺言者の同一性・真意の確保」と「文書完成の担保」にあるのだから,それらが満たされるのであれば印鑑による押印に限られないのであり,「指印」はそれらを満たしている,としたのです。
ちなみに,「同一性の確保」については,「指印については,通常,押印者の死亡後は対照すべき印影がないために,遺言者本人の指印であるか否かが争われても,これを印影の対照によって確認することはできないが,・・・,印章による押印であっても,印影の対照のみによっては遺言者本人の押印であることを確認しえない場合があるのであり,印影の対照以外の方法によって本人の押印であることを立証しうる場合は少なくないと考えられるから,対照すべき印影のないことは前記解釈の妨げとなるものではない」としています。
本件における「花押」が,自己と他人を区別する符号として用いられ(自署され),文書の最後に記されていたという場合には,「遺言者の同一性・真意の確保」と「文書完成の担保」のいずれも満たすものであるから,押印と認めることができる,という結論が導かれそうです。
上記日経新聞記事によれば,那覇地裁は(遺言者である)「男性がこれまでも花押を使用してきたと指摘。印鑑より偽造が困難である点を踏まえ「印と認めるのが相当」と判断した」(福岡高裁那覇支部もこれを維持)ということですから,上記最高裁判決が示した判断(基準)に沿ったものとして,妥当であろうと思われます。
もっとも,法律が求める要式にきちんと従うに越したことはないのであり,自筆証書遺言書を作成する場合には,実印で押印をしておくのが無難でしょう。
ちなみに,「鶴川流花押」というウェブサイトには,歴史上の人物や政治家などが用いた花押が掲載されていますが,デザイン性もあってなかなか面白いです。勝海舟の花押(こちらの124)なんか,毎回ちゃんと同じように書けるのか,という気がしますが…。
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弁護士 櫻町直樹
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