来月(平成25年8月)から生活保護費(のうち,食費や光熱水費に充てる「生活扶助」の基準額)引下げが開始されることに対し,保護費引下げは憲法が保障する生存権(憲法25条1項:すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。)に反するとして,引下げの取消しを求める行政訴訟が提起される模様との報道がありました(H25.7.26 NHKオンライン,H25.7.28付東京新聞ネット版など)。
一方で,厚生労働省の調査によれば,最低賃金法に基づき国が決定している最低賃金で雇用された場合,1か月の収入が生活保護費を下回る「逆転現象」が生じているそうです(H25.7.23マイナビニュース)。
ではここで,「生活保護によって受給する額>最低賃金で労働して得られる額」であるからといって,一概に「だから生活保護費を引き下げるべきだ」と言えるでしょうか。逆に,「だから最低賃金を引き上げるべきだ」という意見がでてきても全くおかしくないはずです。
この点について,日本生命保険が自社サイトで提供している「数字で読み解く 23歳からの経済学」という連載記事の中で,興味深いデータが紹介されています。
それは,「第27回 世界の中では低い方?日本の最低賃金水準は28% 雇用形態の変化との関係って?」という記事にある,世界各国の「平均賃金に対する最低賃金の水準」という図表です。
この図表は,OECD主要国における平均賃金に対する最低賃金の比率を国別に比較しているもので,OECDに加盟する21か国の平均が38%であるのに対して,日本はこれを下回る28%となっています。
もっとも高いのはアイルランドの52%,次がニュージーランドの50%となっており,アメリカ合衆国は日本をわずかに上回る33%となっています。ちなみに,日本より低いのはトルコ(27%),韓国(26%),メキシコ(24%)です。
このようなデータからすれば,世界的にみればむしろ日本の最低賃金は低過ぎるのであり,(生活保護費を引き下げるのではなく,最低賃金のほうを)もっと高くすべきだ,という意見にも一定の説得力があるように思われます(なお,民主党はマニフェストにおいて「中小企業を支援し,時給1000円(全国平均)の最低賃金を目指します。」としていました。「民主党の政権政策Manifesto2009」4頁)。
しかしながら,近時,不正受給がクローズアップされたこともあってか,不正受給に対する感情的な反発が呼び起こされ,一足飛びに「保護費引下げ」を容認する雰囲気が醸成されたように思われます。
もちろん,不正受給が許される訳ではなく,その防止も重要な課題であると思いますが,運用の問題と制度の問題とはきちんと区別して議論すべきであり,「生活保護の水準としてどの程度が適切か」ということは,不正受給の有無・多寡とは切り離してとらえるべきものと思われます。
なお,所得を保障する政策としては,生活保護のように一定の要件を満たした場合に支給されるのではなく,(大雑把に言えば)現実の稼得等によらず無条件で一定額が支給される「ベーシックインカム」というものもあります(大阪維新の会による「維新八策」には,「ベーシックインカム(最低生活保障)的な考え方を導入」との文言があります)。
ベーシックインカムについては賛否両論がありますが,経済評論家の山崎元氏が「ダイヤモンド・オンライン」に投稿している記事(「橋下徹氏が手に入れた「ベーシックインカム」という新兵器」など)が,手軽に全体を俯瞰できてよいと思います。
弁護士櫻町直樹
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