静岡新聞ネット版H27.7.2付き記事によれば,静岡県内のとあるゴルフクラブへの入会を希望した女性が,性同一性障害により男性から女性へ性別変更をしていたことを理由に入会(及びゴルフクラブ経営会社の株式譲渡承認)を拒否されたため,ゴルフクラブを相手どって慰謝料等の支払いを求めた裁判で,この女性の訴えを認めて110万円の支払いを命じた一審静岡地裁浜松支部に続き,二審東京高裁も損害賠償を認めた,ということです(なお,この裁判では,女性が経営する会社も原告となり,また,ゴルフ場を経営する会社も被告となっていますが,詳細は割愛します)。
二審控訴審の判決文はまだ公開されていないようなので,一審静岡地裁浜松支部の判決文を参照すると,原告となった女性は,ゴルフクラブ側が「性別の変更」を理由に入会を拒否したことは,「平等原則を定める憲法14条1項や市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権B規約」という。)26条,性同一性障害者の治療効果の向上や社会的不利益の解消を目的とする特例法等を内包する公序良俗に反するから,社会的に許容しうる限界を超え違法」と主張しました。
これに対しゴルフクラブ側は,「被告らには,憲法21条1項により結社の自由及びこれに基づく構成員選択の自由が保障されている。」,「既存会員の不安感や困惑,競技会での混乱等により被告クラブが50年以上かけて築き上げてきた伝統や会員の一体感の喪失という深刻な不利益が発生する事態を回避すべく,アンケート結果に表れたような会員の意向を慮って本件入会拒否をし」た,と主張して争いました。
ところで,原告は憲法14条1項の定める「法の下の平等」をあげていますが,国際人権B規約等にもふれつつ,さらに,「公序良俗に反するから,社会的に許容しうる限界を超え違法」と主張しています。
このような一見すると二段構えのようにみえる構成になっているのは,憲法の保障する権利(人権)は,基本的に「国家対個人(私人)」の関係を規律するものであり,「私人対私人」との関係では,直接にこれを規律する根拠にはならないという考え方がとられているからです。
つまり,例えば,A県に住んでいる日本国民には税率100%の所得税を課し,B県に住んでいる日本国民は所得税非課税としたような場合,これは「国家対個人(私人)」との関係で不平等が生じていることになるので,直接に憲法を根拠として争うことができます。
しかし,今回のゴルフクラブ入会拒否のように,私人と私人との間で平等をめぐる問題が生じたような場合は,憲法を直接の根拠として私人の行為が違法かどうかを判断することはできず(つまり,「憲法14条1項に反して違法」というような言い方はできない),損害賠償責任を負わせるべき違法なものかどうかを判断するに際しての,ひとつの要素として憲法をとらえるということになります。
判決文ではこれを「私人間の権利衝突が問題となる場合,私的自治の観点からしても,私人相互間の関係を直接規律するものではない憲法や国際人権B規約の規定が直接適用されるものではないが,私人の行為が看過し得ない程度に他人の権利を侵害している場合,すなわち,社会通念上,相手方の権利を保護しなければならないほどに重大な権利侵害がされており,その侵害の態様,程度が上記規定等の趣旨に照らして社会的に許容しうる限界を超える場合には,不法行為上も違法になると解するのが相当である。そして,憲法14条1項や国際人権B規約26条は,上記不法行為上の違法性を検討するに当たっての基準の1つとなるものと解される。」といっています。
「社会的に許容しうる限界を超える」かどうかが,ポイントになるわけですね。
そして,一審静岡地裁浜松支部は,「医学的疾患である性同一性障害を自認した上で,ホルモン治療や性別適合手術という医学的にも承認された方法によって,自らの意思によっては如何ともし難い疾患によって生じた生物的な性別と性別の自己意識の不一致を治療することで,性別に関する自己意識を身体的にも社会的にも実現してきたという原告X1の人格の根幹部分をまさに否定したものにほかならない」ものであり,「精神的損害は,看過できない重大なものといわざるを得ない。」としました。
ゴルフクラブ側の入会拒否を,「人格の根幹部分をまさに否定した」とかなり強く批判しています(さらに裁判所は,原告「・・・の不利益が単に反射的・経済的なものに留まると考えることは,広く社会に対し,性同一性障害という疾患ないしその治療行為を理由とする不合理な取扱いを助長し,さらには,性同一性障害を患う者に対して,その疾患の自認及び治療行為を躊躇させるなどという,当裁判所が到底許容できない事態を招来しかねない。」とまで述べています)。
なお,この裁判でゴルフクラブ側は「性同一性障害者(性転換者)の入会は,会員(特に女性会員)がロッカールーム,浴室等を使用する際などに不安感を抱き,また,クラブ競技の出場資格などに疑義を生じ,親睦,交流のクラブ目的に反する結果となる。50年以上皆で築いてきたクラブの親睦,交流の一体感を傷つけたくない」などと主張したようですが,原告が「戸籍のみならず声や外性器を含めた外見も女性であったこと」,(原告が)「女性用の施設を使用した際,特段の混乱等は生じていないこと」からすれば,「被告らが危惧するような事態が生じるとは考え難い」,「被告らが主張する不利益も抽象的な危惧に過ぎない」として,ゴルフクラブ側の反論を認めませんでした。
前回アップした記事「同性婚について2 アメリカ合衆国連邦最高裁判所が,同性婚を認めないことは違憲と判断」でも書きましたが,私は,本件のような入会拒否は,法の下の平等だけでなく,憲法13条が保障する「幸福追求権」の点からも妥当でないと思います。
よく実態を知らないまま抽象的に不安感を抱いたり,自らの価値観と相容れないからといっていたずらに嫌悪することは,結果として,その社会を窮屈に,息苦しくさせるのではないでしょうか。
日本社会は同調圧力の高い社会ですから,常に意識していないとたやすく少数派の人々が抑圧されてしまうのではないかと思いますが,あなたはどのように考えますか?
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弁護士 櫻町直樹
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